
メイド・イン・イタリー(Made in Italy)と題された5回にわたるイタリアのデザインについてのトークショーではデザイン・ミュージアムのディレクターであるディアン・スジック氏が進行役を務め、ロンドン、ブライトン、グラスゴーで行なわれた。

上:(左から右へ)ジェームス・アーヴィン、ピエロ・リッソーニ・ディアン・スジック、クラウディオ・シルヴェストリン(敬省略)
こんばんは。 ディアン・スジッックです。デザインミュージアムのディレクーをしています。 ペローニからのアイデアとして、イタリアが特別な国であるということで、今日はイタリアのデザインについてディスカッションしたいと思います。 まずイギリスとイタリアという二つの異なる国および文化における関係性とデザインについてです。そしてなぜイタリアのデザインがさらにおもしろく魅力的であるのかについて話していきたいと思います。 ここに3人の著名なデザイナーを迎えています。ミラノを住処として選んだ英国生まれのジェームス・アーヴィーン氏、ロンドンに拠点を置く北イタリア生まれのクラウディオ・シルヴェストリン氏、ミラノに拠点を置くピエロ・リッソーニ氏です。 (デ)クラウディオ、あなたはイタリアを離れたわけですね。 (ク)はい、ロンドンは魅力的でとても国際色が強く、とてもクリエイティブでオープンな街です。一方ミラノはわたしにしてみると、美しい田舎町で、全てが街の中心で起こり、ロンドンのあちこちの地域に比べるとなお小さな街です。 (デ)ピエロ、あなたにとってミラノはなぜ特別なんでしょう? (ピ)ショッピング、かわいい女の子たち、おいしい食事、時々建築家とあとはクライアントですね。 (デ)ジェームス、あなたがミラノに行った時、イギリス人は歓迎されましたか? (ジェ)うーん、おもしろいエピソードを話すよ。毎年ミラノの家具の見本市に行くんだけど、ぼくが最初にミラノに行った時、オリベッティとコンタクトをとってたんです。それで、ぼくはオリベッティの社長の前に立ってたんです。その会社は素晴らしく美しく洗練されていてその部屋にぼくは緊張して立ってました。社長がぼくを頭のてっぺんからつま先までじっくりと観察するんです。そして彼はぼくの靴に目を止めました。たぶん3秒くらい見てましたね。ぼくの人生で最も恐ろしい瞬間でした。ぼくはその時、とっても古いかなり履き古した典型的な英国製の靴を履いてました。でも社長はひどいと思ったんでしょうね。ぼくがオリベッティで仕事をするために再び訊ねると、社長は言いました。「最初の給料で靴を買いたまえ。」まさにこのことです。そして僕は買いましたよ。ぼくは食事も減らして靴を買うのに必死でしたよ。だから英国製の靴を抜かしたら英国人としてぼくは歓迎されました。見てください、ピエロを。とってもスタイリッシュで本当に服装に神経を使っています。さっきもベランダで何から何までチェックしてましたよ。質のいいものを身につけてますね。 (ピ)ミース・ファン・デ・ローエが言ってます。「神はディテールに宿る」まさにその通りです。それだけです。ディテールを重視するかしないか、それだけです。 (デ)イタリアでは未だにインダストリアルデザインが目覚ましく進歩しています。反面建築は60年代の栄光の後、次の世代(時代)を見つけるのに非常に厳しい状況に置かれています。 ピエロ、あなたも建築家ですが、いろんなデザインをしていますね。建築だけでなく、家具やインテリアなど。イタリアで建築をやるのは他のことをやるよりも困難ですか? (ピ)うーん、そうですね。はい。難しいです。 (デ)何が原因だったんでしょう? (ピ)もし、あなたが最高のマティーニカクテルのある国に住んでいたら、素晴らしい建築を行なうのは不可能に近いです。なぜだかわかりますか? (デ)でもジオ・ポンティはうまくやりましたよ。 (ピ)はい、でも彼は天才です。イタリアで公共建築に携わり、プライベートなプロジェクトを民間の企業やクライアントと行なわなければ、非常に建築をやっていくのは難しいです。そんな方向で、建築ビジネスを始めるのはかなり難しいです。最初に、都市生活における政治的な質というものが欠けています。そして何かおもしろいことを行なうという文化の質が欠けています。もしイタリアで建築をやりたければ、現実的な秘訣としてデザイナーとしてまず経験を積み、それから建築家になるのが良いと思います。もし、あなたがデザインに長けていれば、クライアントはデザインの質に対してお金を払います。そういう経験を積んである程度実績を作ったら自由になれます。そして建築家として出発してクライアントも選べるわけです。 それに比べてイギリス、フランス、ドイツ、スイス、オランダなどは全く違います。もしあなたが良い建築家なら良い建築家なんです。 それで十分です。イタリアでは十分ではありません。イタリアではうまく自分の質や振る舞いなどをフレキシブルに扱わなければなりません。そのため他のことをしなくてはならないのです、例えばデザイン、そして信念。悪くないと思います。 (ク)基本的にイタリアで建築をすることは不可能に近いです。だから全ての建築家は全エネルギーをデザインに注ぐわけです。それしか方法がないんです。なぜならイタリアの政治はとても複雑で権力をもっており、たぶんここにいる皆さんを含めわたしですら、理解できません。政治がパワフルなのと、建築的視点から見るとイタリアは非常に保守的です。ルネッサンス時代の力というものが非常に圧倒的です。人々は未だに過去を振り返り、賞賛します。だから建築家はデザインに専念するしかないのです。 (ジェ)ぼくはちょっとイタリア人に聞いてみたいことがあるんだど。そのイタリアの政治の機能性というものについてですが、政府は全くデザイン産業に貢献そして援助はしませんよね。ゼロです。改良の余地もありません。他の国は政府が援助して支援しています。この事実はイタリアの創造力の進歩に実は寄与しているのでは? (ク)そうですね。政府はデザイナーそして産業界をどちらかというと突き放します。もし、やりたければ自分で何とかしろいう態度です。例えばミラノのファッション産業は全てデザイナーやそれに携わる人で作り上げました。政府からのサポートなどありません。 (デ)ジェームス、あなたがミラノに渡った時まだインダストリアルデザインという分野での教育が確立されていなかったというのは本当ですか? (ジェ)イタリアでのインダストリアルデザイン業界はもう一度繰り返しますが、職人やら技工、頭脳明晰な業界人の力で発達してきました。デザインに関連する企業の名前はほとんどその代表する者である個人の名前を取っています。デザイナーは結局のところ企業や産業界なしに仕事をすることができません。ぼくのイタリアでの産業界に関する経験は全て個人(との付き合い)にあります。このような状態でもしあなたが公共分野の企業と仕事をする時、最終的にクライアントはマーケティング部門になったりプロダクト開発部門などとなるわけです。このような状況でだれも決断というリスクを取らないのです。最終段階で重役会にかけられるのです。一方イタリアので個人企業と仕事をする場合では、例えばある製品が失敗した時、その社長個人の責任です。彼のお金です。なんら疑問もないのです。自分の金と会社だ、というのが社長の体勢です。この椅子が大好きだから、よし作ってみようと言います。 イタリアのアイコン(代表的で有名な製品)というものは、20、30、40というリスクを負った製品の中から抜きん出て生まれるものなのです。このたったひとつのアイコンはその他の製品の集合体から突出していて、それがイタリア産業でのトップスターになるわけです。 今日のごく普通のアメリカにおけるシステムというのは、もし40種類の製品が製造されたらそれら全てが完全に等しいのです。なぜなら 全工程がリスクではなく分析で進められるからです。イタリアの場合は、企業を代表する者がリスクを負いながらも決定権を持っているのです。 (ピ)アメリカの有名なオフィス関係のクライアントがいます。プレゼンをすると、彼らは「重役会で話してみます。」と言います。重役会?誰一人として、デザインやディテール、そのクォリティや嗜好の情熱性について話し合わないのです。ぼくが「このテーブル(製品)が気に入りましたか?」と訊ねても「いや、ちょっとわかりません。マーケティングリサーチの者と話してみないと。。。」などと言います。ぼくは単にこのテーブルが気に入ったか、気に入らないか聞きたいだけです。もし、イタリアのクライアントとディスカッションすれば、それは非常に激しいものでほとんど争いに近いです。でも最後にはクライアントはやってみようと決断をし、誰にも邪魔をすることはできません。非常に熱意をもって我々は共に仕事をしているのです。
マリオ・ベリーニ氏、ファビオ・ノヴェンバー氏、アントニオ・チッテリオ氏などを含むデザイナーを特集したこのシリーズの他のムービーが引き続きDezeenにて公開されるので是非ご覧下さい。

写真:ルーク・ヘイズ氏(Luke Hayes)
このトークショーに関する他の情報は過去の記事にてご覧になれます。
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翻訳者:寿藤美智子
Dezeen(オリジナル)記事はこちら。

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